私は、これまでに「精神医学」「心身医学」などの心に関する医学について、 また「児童心理学」「教育心理学」「思春期・青年期の心理学」などの小学生・中学生・高校生のメンタルヘルスについて、学んできました。
今回は、青年期にある生徒に見られる無気力状態(スチューデント・アパシー)について、自身の経験を踏まえて書こうと思います。
みなさんは「スチューデント・アパシー」の言葉の意味をご存知でしょうか?
ご存知ではない方も多くいらっしゃると思うので、言葉の意味を説明します。 「スチューデント」は、そのまま「学生」という意味ですね。「アパシー」とは、心理学用語で「無気力」という意味です。 つまり、「スチューデント・アパシー」とは、青年期の人でとくに学校に通う学生が陥る、無気力状態のことをいいます。
つぎにスチューデント・アパシーに見られる特徴について説明します。
スチューデント・アパシーは、16歳くらいから22歳ごろの学生さんに起こりやすいと言われています。 最近では中学生でもが見られるようです。男女別では、女子よりも男子に多く起こる不適応状態と言えます。
主な症状は、慢性的な無気力状態です。 とくに特徴的なのは、学生本人は不安や抑うつ状態などは見られず、自らの状態を深刻には捉えていません。 ですから、周りからただサボっているだけだと思われてしまいます。 しかし、周りにいる親や教師が、叱責したり励ましてもまったく無気力状態から脱却することはできません。
二次的な症状として、急な学力の低下、留年、引きこもり、不登校などが現れます。 しかし、生徒本人はまったく自覚症状がないので、「なんとなくやる気がしない」、「なんで学校に行きたくないのかわからない」と言った状態です。
ただやる気がないだけだ、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。 それでも問題視されるのは、このスチューデント・アパシーの状態に陥るのは優等生タイプの男子が圧倒的に多いのです。
最初に結論から書きますが、原因も予防法もよくわかっていません。 しかし、過当な受験戦争による疲れ、目的の無い進学、夢や目標の喪失などであろうと推測されています。
スチューデント・アパシーに陥りやすい生徒の特徴として、親からの躾が行き届いている優等生タイプだということが挙げられます。 人に迷惑をかけず周りからの期待に応え自律的で几帳面な生徒が、急に人が変わったかのように無気力な状態に陥るのです。 つまり、自身の感情を抑制、排除し、まわりからの期待や重圧を受け止めて生きていた生徒に多いという考え方もできます。
また幼児期から母親とのつながりが強く、父親とのつながりが希薄であるという生徒が多いという特徴もあります。 思春期・青年期になると、物理的・心理的に親と距離を置き始めます。 その孤独感や悲哀感を補うのは、学校の友人や夢や目標を達成しようとする願望などです。 それらを失い、自らの感情のコントロールができなくなると不適応状態になるとも考えられます。
さらにこの頃の生徒たちは「自分は何者なのか?」、「人生とはどういうものなのか?」という難解な問題について考えることが多くなります。 その問題に向かい合うことで、理想と現実のギャップにつまづき、学業などの本来しなければならないことへの意義が見出せなくなります。
これらの要素がスチューデント・アパシーなどの不適応症状と密接な関係であると私は考えます。
不適応症状全般に言えることですが、「これだ!」というような解決法はありません。 何をさせてもやる気が出ずにそのまま退学する場合もありますし、新たな目標や意義を持つようになり、再び登校や勉強が見られるようになる場合もあります。
不登校になった場合は、学校や医療機関に相談をすることが大切です。 そのときに生徒が異常だとか精神疾患だと決め付けるのはよくありません。 生徒本人はやる気が出ないだけで、ほとんど無自覚です。 そこへ親から「異常だから病院に行こう」などと言われると、生徒本人にとってショックとなります。
その結果、さらに大きな問題を引き起こすきっかけになるかもしれませんし、親子関係にも亀裂が入る可能性もあります。 専門的な援助を受ける必要性がある場合は、まずは親御さんだけで相談に行き、アドバイスを受けるほうが無難です。
実は私も高校2年生の終わりから卒業まで無気力な時期がありました。 今になって「あー、当時は気づかなかったけれど、もしかしたらスチューデント・アパシーだったのかも」と思います。
高校2年の2学期から、ストレスや寝不足による体調不良が重なり、勉強に対してまったくやる気がでなくなったのです。 学力も右肩下がりになりました。 それまで特進クラスで5位以内の優等生タイプだったのですが、 卒業時には平均程度に落ちていました。
それまでは、「次のテストは5位以内とか、何点以上」みたいな目標ばかり持ってたように思います。 傍から見れば理想の生徒像なのかもしれません。 しかし、当時の私にとってはどこか「生き苦しさ」を感じていたように思います。
次第に勉強することへの意義を見出せなくなり、学校や勉強に対する自発性を失っていきました。 そうなると、不登校やひきこもりなどスチューデント・アパシーの2次症状があらわれます。
私の場合は、目標を小さく持つことで、それらの不適応症状を克服できました。 3年次の目標は、「とにかく学校に行くこと、卒業をすること」、それ以外は一切考えないようにしました。 そして、学校に行く目的を「勉強するため」から「友達に会うため」に変えたのです。
実際に、アパシー状態が抜けれられたのは、大学入学時です。 私は、もともと医療に興味があり、目的がはっきりしている医療専門職大学に進学しました。 それまでの漠然と勉強しなければならない状況から、医療職につくため国家資格を取得するための勉強に変わったことが1つの要因だったと思います。
注意していただきたいのは、スチューデント・アパシーは不適応症状の1つに過ぎないのです。 アパシーは男子に多いのですが、女子の場合は拒食や過食などの「摂食障害」を引き起こすことが知られています。
摂食障害の場合は命にかかわることもあるので早い医療的な対処が必要になりますが、 基本的には根本の問題へのアプローチが必要です。 そのためには生徒本人だけの問題と考えずに、生徒の周りの環境である家庭や学校を含めた広い視野で考えていく必要があります。
最近では学校に臨床心理士が派遣されていますし、カウンセリングや心理療法を受けられる医療機関も増えてきています。 そういったサービスを利用することも解決の糸口になるのではないでしょうか。
(2012.6.14更新)